なぜ?コラム

なぜ?個性を認めないのか

こんにちは✨

最近、社会人でも若者を中心に、金髪やピンクヘアーなどの鬼滅カラーに始まり、キラキラネイルや長爪なども流行しています。

ワタシは学生時代に、アルバイト先に金髪で行き「やる気あるの?」と叱られ、「やる気はありますが、認められないなら辞めます」と辞表を書いた思い出があります。

そんな時代からすると、個性を認めるようになった社会に好感が持てますが、時代は変わっても、いまだに個性を認めない人がいるのも事実です。

個性の2つの要素とは

個性
・自分らしさ
・自分の特有の性質・性格
・自分の外側ではなく内側にあるもの
・自分がありのまま自然に表現されるもの

生まれながらのもの
→ 親から受け継いだ遺伝子の影響が強く、努力だけではどうにもできない部分

成長過程で身につくもの
→ 環境と努力次第でどうにでもなる部分

大きく分けると2つに分類されます。

個性の強弱はありますが、それぞれ素晴らしい個性を持ち合わせています。

海外では、個性は重要であり、表現することに価値があります。

その反面、日本人は、自分にない強い個性を持つ人協調性の無い人などに対して、同調圧力嫌悪感を出す傾向にあります。

そのため、生きづらさを感じる人も多いのではないでしょうか。

同調圧力と嫌悪感

同調しなければ仲間外れにされ、嫌悪感を出されないように常に顔色をうかがう…学校・社会・人間関係は、本当に大変です。

日本は昔から、右向け右・左向け左の教育を行ってきたため、扱いづらくはみ出す人を嫌う傾向にあります。

本来個性とは、ありのままの自分を表に出す自己表現であり、保障されています。

表現の自由とは

表現の自由は、個人が持つ思想・意見・感情などの精神的活動を、外部に表現・表明する自由のことであり、憲法によって保障されている権利です。

個人の自己実現を保障するとともに、自由な討論によって運営される民主社会では特に重要とされます。

■主な自由制度
・言論の自由
・知る権利
・アクセス権
・報道の自由
・放送の自由
・出版の自由
・示威行動の自由
・営利広告の自由
・性表現・名誉毀損的表現の自由

コミュニケーション全般の自由であり、自由とされている基本的な権利です。

ただし、いくら表現の自由について保証しているといえども、権利の濫用は禁止されています。

表現の自由の制限

一般的には、公共の福祉に対しては認められていません。

社会全体の利益と解釈されていますが、不明確な部分が多々あります。

表現の自由は、基本的人権のうちの精神的自由権にあたる権利のため、他者への人権侵害にあたる場合、表現の自由は制限される考え方が有力です。

近年の問題点

メディア・インターネット・SNSの発展により、他者の名誉・プライバシーの侵害・誹謗中傷・ヘイトスピーチなど、多くの問題点があります。

(ヘイトスピーチ:特定の人種・民族・国籍・特性・個性などを持つ人に対するマイナス・憎悪表現)

ネット上の性質上、拡散しやすくスピードも速いため、救済などのサポートが追い付いていないのが現状です。

日本では、ヘイトスピーチ解消法・プロパイダ責任制限法などが施行されて強化されましたが、まだまだ問題点は山積みです。

パラダイム

「ものの見方」という意味です。

私たち人間は、一人ひとりが異なる環境で育ち、違う知識や経験などを積み重ね、感じ・考え・判断・選択を繰り返して、自分独自のものの見方を形成していきます。

もしかしたら、自分の短所長所でもあり、変える必要はないかもしれません。

それは、人に決められるものではありません。
自分で決めることです。

個性を表現してもいい

自分が好きなこと、自分が得意とすること、自分がやりたいと思うことがあれば、自分の心の声を信じて、素直に突き進むことです。

好きなものや、やりたいことに出会えたことは、とても素晴らしいことです。

「親に反対された」「周りが認めてくれない」など、関係ありません。

責任は自分で負うものであり、誰かに背負ってもらってばかりでは、何もできません。

あなたはなりたいものになれます。
そして、思考は現実になります。

2024年の世界人口は、82億人!
2080年には、103億人になるとの見込みもあります。

82億人もいるのですから、1人か2人くらいは、理解してくれる人は必ずいます。

日本は小さいのです。

世界にでれば、自分の悩みなど、ちっぽけに感じるはずです。

「自分の心の声を大切に、個性を磨いていきましょう」

(人を傷つけたり、犯罪行為はNGですので、 絶対にしないようにしてください)

最後まで、ありがとうございます。
素敵なご縁に、心より感謝♡

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